GW中、突然の訃報に。
とても寂しいです。
清志郎さんはRCサクセション時代からの大ファンで、高校に入るとRCに憧れて
黒のレスポールを買い、RCの曲をたくさんコピーしました。
当時はエレキの教本なんか見るより、好きな曲、弾いてみたい曲をコピーするのが
一番の練習方法でした。
今でも初~中期のRCの曲だけは譜面を見なくても指と身体が自然に動きます。
高校の学園祭ではちょと不良っぽい事に憧れてか「トランジスタラジオ」を演りました。
今もカラオケに行けば、たいていの歌は歌詞を見なくても歌えて「雨上がりの夜空に」や
「スローバラード」、「多摩蘭坂」をみんなで歌います。
仕事で嫌な事があった帰りの夜道には「いいことばかりはありゃしない」を口づさみ、
石コロ蹴りながら背中丸めてトボトボ帰ります。
訳もなく、ただ泣きたい夜は「ヒッピーに捧ぐ」を一人静かに聴きます。
清志郎さん、天国であのヒッピーに会えましたか。
清志郎さんはROCKやR&Bに日本語を乗せた最初のバンドマンでした。
ご自身、アーティストと呼ばれることを嫌い「バンドマン」と自称していた事にも憧れました。
癌との闘病生活からの復活、そして今朝の訃報。
日本のロック界に多大な影響を与えてくださった偉大なバンドマンのご冥福を
心からお祈り申し上げます。

