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昔むかぁし、親父が航空自衛隊員だった頃のメモ。英語がびっちり。なんかかっこいい。
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親父が入隊したのは空自が発足してまだ3年目の昭和32年。
「防府基地」で基礎教育を終え「浜松基地通信学校 英語教育隊」を経て「三沢基地」配下、恐山にある「大湊のレーダーサイト」で北部防空勤務につきましたとさ。

発足時の空自は政府が「米空軍に学べ」という方針を打ち出していた通り、常に在日米軍に付いて演習や訓練を受けていたそうな。
勤務中も休日も米軍人と一緒、米軍人相手の Bar に潜り込んで英会話や異文化交流を楽しんだり、青春そのものだったって。(←やはり息子にそっくり)。

入隊して2年頃、空自は急速に立ち上がり、米国も日本の自衛隊を自立化させる政策に変換を始めた。米軍主導の演習も急激に減り、親父にとって楽しみだった米軍人と一緒にいる時間も極端に少なくなり、次第に自衛隊勤務を「つまらなく」感じていったそうな。

親父が自衛隊を辞めたホントの訳(↑)、初めて知って心底おどろいた!!

息子のワタシは「寒くて早起きが嫌だったから」と思ってた。
てか、小白之母からはそう聞いていてて、息子はずーっとそう信じてたのだ。
母親の何気ない一言で父親のイメージがおーきく変わるという、
ちょっと怖~い話になってしまった。。
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親父殿撮影、の50年代、たぶん在日第五米空軍所属の爆撃機の生写真。
日本で撮影できる爆撃機、現在ではレアなはず。(三沢基地で撮影)
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B66とよく似ているけど、主翼下のエンジンが双発になってて、機種名謎なのよ。

因みに日本の航空自衛隊は「爆撃機」は一機もないのよ。
航空自衛隊は外部からの「防衛」「迎撃」を目的としてるから爆撃機は必要ないという訳。
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T4-Blue Air-Showを終えて。
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入間はBlueの曲技飛行が見れる都心に近い唯一の基地です。観客が非常に多い為、航空祭が終わる頃Blueをようやく真近で見れたのがこの光景です。
Blueの曲技飛行、いとも簡単に演じているように見えても、0カンマ数秒の判断ミスで大事故になる事もあります。
高三の初冬T2-Blueの墜落事故以来、なかなか見る機会が無かったT4-Blue、全機が無事に帰還してほっとしました。
アクロショーが無事に終わって、機体のチェック、松島基地への帰投準備や給油に勤しむ整備士さん達の姿にも拍手です。
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T4-BlueImpulse の人気演目の写真をUPしました!!
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(↑)僕が一番見たかった「スター・クロス」。 五方向から五機が基地中心に進入、
見事に☆印を描きます。あまりの大きさに全部入りきれませんでしたが、☆の先端も
きっちりそろってます。

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今日は入間航空祭の日というのは覚えてたけど、
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車だと渋滞で息子達ぐずるし、電車じゃ乗り換えが辛いし、基地の中かなり歩くし、入間は混雑で有名だし等々、「来年行けたら行こう」と思っていたけど、朝、窓を開けたら本日は快晴ナリ・・・。

妻に独り言のように「いい天気だなぁ、今日入間の航空祭なんだよなぁ。」って言ってみたら「お弁当作って行って見ようか?なんちゃって!」なんて返事がきたものだから、もう居ても立ってもいられず大急ぎで支度して家族四人揃って車で入間まで行ってきました。
心配だらけだったけど無事行けました。
妻に感謝、ありがとね。この数日、ゆっくりお休みしなきゃだね。
写真はチョコエッグやジオラマじゃない、白ノリ初掲載のT4-Blue本物の生写真です!!
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by baijinghy0527 | 2006-11-03 23:14 | 家族 | Comments(4)