伯父の最期 ―戦後60年を迎えて―

以前このブログでゼロ戦のパイロットだった伯父の話を書いたことをきっかけに、母から新たな事実をききました。僕の父は数年前まで、伯父の戦友や上官を一人一人訪ねてまわり、伯父の最期を調べていました。

今僕の手持には、伯父の名前と命日がはっきり記されたゼロ戦搭乗員名簿、伯父が北九州から鹿児島の前線基地に移動する直前に書いた達筆な文字の手紙、当時の上官が伯父の最期の交戦を克明に記録したメモの写しがあります。

伯父は敗戦濃厚な4月、戦艦大和が沖縄に片道燃料で水上特攻を試みた「菊水作戦」の第二陣で大和の護衛に鹿児島の鹿屋基地から飛び立ち、米国機と激しい交戦の末、短い生涯を閉じました。上官の話によると父の兄は機敏にゼロ戦を操る優秀なパイロットだったそうです。
遺書とも言える最期の手紙には伯父が急な異動で混乱の中、急いで両親、兄弟へ後の事を託した気持ちが筆跡から滲んでいます。

ここまでで父は兄の消息を訪ねる事を終えました。

父が兄を思う気持ちは言葉や文字では簡単に表現できません。
父に対し僕は尊敬の念を抱かずにいられません。

何年もの時が過ぎても 忘れられないもの そして
人として忘れてはいけないものがあります

このようなことを繰り返してはいけません
誰もがわかっているのに
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by baijinghy0527 | 2005-07-18 14:17 | 飛行機と大空 | Comments(3)
Commented by applesheep at 2005-07-18 21:34
ある日の日本語授業で、「プロジェクトX」って言う番組のDVDを見たんだ。新幹線の話だったけど、ゼロ戦のことも少しあった。「桜花」って言う片道燃料の特攻機のことを見たとき、小白の伯父さんのことを思い出した。森山直太郎の「桜」は特攻機のために書かれた歌だと言う話を聞いても、よく理解できなかったが、今だんだん分かってきた。
Commented by baijinghy0527 at 2005-07-19 12:44
「桜花」を知っていますか。神風特攻隊と違い、あまり表に出る事は無く、日本人でも知らない人が少なくないかと思います。「桜花」は飛行機と呼ぶにはあまりにも悲惨です。「桜花」は大型爆弾に翼と操縦席とジェットエンジンを取り付けた特攻専用の兵器、離着陸用の車輪も無く、爆撃機の胴体に爆弾の様に吊り下げ、敵艦付近で切り離され、操縦員もろとも敵艦に突入しました。
ほんの60年前の日本です。二度と戦争が起きぬよう、願うばかりです。
Commented by baijinghy0527 at 2005-07-19 12:59
森山氏自身は、「さくら」の歌詞を特攻隊を送る歌とコメントしていないので限定しない方がいいかと思いますが、歌詞を読めば読むほど、僕はやはり特攻隊を見送る場面を回顧し、平和を願う歌詞だと感じます。